大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和59年(く)54号 決定

少年 S・S(昭三九・五・八生)

主文

原決定を取り消す

本件を東京家庭裁判所に差し戻す。

理由

本件抗告の趣意は、少年が提出した抗告申立書に記載されたとおりであるから、これを引用する。

論旨に対する判断に先立ち職権をもつて検討すると、原決定は、少年の犯した「罪となるべき事実」の第一として、酒気を帯びてアルコールの影響により正常な運転ができないおそれがある状態で、昭和五八年五月二九日午前四時三〇分ころ、東京都品川区○○○×丁目×番付近道路において普通乗用自動車(品川××ぬ××××号)を運転したとの事実、第二、第三として、二件の毒物及び劇物取締法違反の事実(第二はトルエン及びその他の溶剤を含有するシンナー約三〇ミリリットルの吸入目的所持、第三は右同様の溶剤を含有する塗料の吸入並びに同塗料二八四グラムの吸入目的所持。)を、それぞれ認定しているが、右のうち第一の酒酔い運転の事実については、記録上少年が、原決定記載の日時ころ、東京都品川区○○×丁目×番付近道路において、酒気を帯び、呼気一リットルにつき〇・二五ミリグラム以上のアルコールを身体に保有する状態で原決定記載の普通乗用自動車を運転したとの事実(送致事実)は認められるものの、さらに記録を精査しても、少年が、原決定記載の日時場所において「アルコールの影響により正常な運転ができないおそれがある状態」で右自動車を運転したことを認めるに足りる証拠はない。したがつて、酒酔い運転の事実を認めた原決定は、事実を誤認したものといわざるをえない。

ところで右の誤認は、犯罪の構成要件的評価に変更をきたすものであるのみならず、法定刑が三月以下の懲役又は三万円以下の罰金にすぎない酒気帯び運転の事実を、法定刑が二年以下の懲役又は五万円以下の罰金にあたる酒酔い運転の事実として誤認したものであり、前記毒物及び劇物取締法違反の事実に対する法定刑は一年以下の懲役又は三万円以下の罰金であるから、原審は、右酒酔い運転を本件において最も重い罪とみて処遇を決定した疑いがあり、右誤認は少年法三二条にいう「重大な事実の誤認」に該当するといわざるをえない(なお、原決定は、第一の事実に対する適条として、酒気帯び運転の罰則である道路交通法((道路交通法違反とあるのは誤記と認められる))六五条一項、一一九条一項七号の二、同法施行令四四条の三を掲記しているが、そうであるからと言つて、原決定の酒酔い運転の記載をすべて単なる誤記であるとみることが相当でないことは、いうまでもない。)。

よつて、論旨に対する判断を省略し、少年法三三条二項、少年審判規則五〇条により原決定を取り消して、本件を原裁判所である東京家庭裁判所に差し戻すこととし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 鬼塚賢太郎 裁判官 杉山忠雄 中野保昭)

〔参照〕原審(東京家昭五八(少)二二八七九、一一五八二五号、昭五九(少)八二九号 昭五九・二・一五決定)

主文

少年を中等少年院に送致する。

理由

(罪となるべき事実)

少年は、

第一 酒気を帯びてアルコールの影響により正常な運転ができないおそれがある状態で、昭和五八年五月二九日午前四時三〇分ころ、東京都品川区○○○×丁目×番付近道路において普通乗用自動車(品川××ぬ××××号)を運転した

第二 同年一〇月二七日午後五時ころから同六時ころの間にわたり、同区○○×丁目×番××号○○荘の自室において、興奮、幻覚または麻酔の作用を有する劇物であつて政令の定めるトルエン及びその他の溶剤を含有するシンナー約三〇ミリリットル(ビニール袋二袋に入つたもの及びアトムペイント缶に付着したもの)をみだりに吸入する目的で所持した

第三 昭和五九年一月二〇日午後九時ころから午後一〇時ころまでの間にわたり、肩書住所地の少年の自室において、興奮、幻覚または麻酔の作用を有する劇物であつて政令の定めるトルエンその他の溶剤を含有する塗料を吸入し、かつ上記塗料二八四グラム(びん二本及びポリ袋二袋に入つたもの)をみだりに吸入する目的で所持した

ものである。

(適条)

第一の事実道路交通法違反六五条一項、一一九条一項七号の二、同法施行令四四条の三

第二、第三の各事実それぞれ毒物及び劇物取締法三条の三、二四条の三、同法施行令三二条の二

(処遇の理由)

少年は、幼少期から父母が共に働いていたため祖母によつて養育され、父母との情緒的交流に欠けたまま成長したうえ、祖母と母親との対立、実直、几帳面ではあるが融通性に欠け教育的配慮や暖みの乏しい父親の存在等家庭内の葛藤も大きく、家庭的安定が得られなかつたことが原因となつて、中学二年時ころから父親に対する反発を強め反抗的となり、バイクの無免許運転、シンナー吸入、外泊等問題行動が発現し、不良仲間に同調し、行動を共にするという形で非行傾向が拡大深化していつた。高校受験に失敗した少年は、仙台市内の寿司店に就職したが長続きせず、従前の不良仲間との交遊を重ね、昭和五六年四月一五日仙台家庭裁判所古川支部において保護観察処分に付された。その後、少年は、地元の交友関係を断つため、東京の叔母夫婦に預けられ、同年六月一日から電気部品を作つている○○電業という町工場で板金工として働くようになり、叔母の家族とも親和し、仕事もまじめに勤めるようになつて、生活状態も安定したため、昭和五七年一一月三〇日に保護観察は良好解除となつた。しかし、それより前の昭和五七年夏ころから、少年は地元との暴走族グループ○○神との交遊が始まり、暴走行為にも再々参加するようになるなど再び生活が乱れ始め、特に昭和五八年二月に以前骨折した右下腿の金具の抜き取り手術のため入院したころから勤労意欲を失い、前記○○電業も退社し、道交法違反やシンナー吸入等の非行が目立つようになつた。これを憂慮した母や叔母の注意や指導を嫌つて少年は、昭和五八年六月ころから叔母宅を出て単身生活するようになり、それからは地域の不良仲間との遊興的生活に終始するようになり、同年一一月にはその仲間と引き起した監禁事件で現行犯逮捕され鑑別所に入所のうえ、同年一二月一三日に当庁において不処分決定となり帰宅を許された。しかし、その後も少年は単身アパート暮しのまま、従前の生活態度を改めようとせず、乱れた生活を続けるなかで本件第三の非行が繰り返されたものである。

少年は、基本的には家庭的負因による情緒不安定が原因となつて不良仲間と共に刹那的な快楽を求めるという生活傾向が長期にわたつて続いており、少年の問題性は根深く、その改善は非常に難しいものと思料されるが、特に前件の逮捕・入鑑で少年自身自覚すべき最後の機会を与えられたにも拘らず、全く更生意欲のないまま従前の生活が続いていることを考えると、もはや社会内処遇で少年の更生をはかることは不可能であると判断せざるを得ない。したがつて、少年に対しては、相当期間少年院に収容し、同所における専門的、系統的教育課程を通じて、シンナー吸入の習癖の治癒に努めさせると共に、規範意識の内面化をはかり、自律性を高めることが、少年の更生にとつては必要不可欠である。なお、少年については一般非行性が著しく進んでいるとまでは認められないので、処遇経過を見定めたうえで比較的早い機会に社会復帰させることが望ましい。考えると、もはや社会内処遇で少年の更生をはかることは不可能であると判断せざるを得ない。したがつて、少年に対しては、相当期間少年院に収容し、同所における専門的、系統的教育課程を通じて、シンナー吸入の習癖の治癒に努めさせると共に、規範意識の内面化をはかり、自律性を高めることが、少年の更生にとつては必要不可欠である。なお、少年については一般非行性が著しく進んでいるとまでは認められないので、処遇経過を見定めたうえで比較的早い機会に社会復帰させることが望ましい。

よつて、少年法二四条一項三号、少年審判規則三七条一項、少年院法二条三項により、主文のとおり決定する。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例